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第四章 永遠の重さ

Penulis: 佐薙真琴
last update Terakhir Diperbarui: 2025-11-30 07:45:46

 ユキコは窓際に立ったまま、語り続けた。

「ケンジは58歳で死にました」

 彼女の声は静かだった。

「癌でした。膵臓癌。発見されたときには、既に手遅れでした。不老技術の実用化まで、あと7年。たった7年足りなかった」

「辛かったでしょうね」

「ええ。でも――」

 ユキコは振り返った。

「でも、それ以上に辛かったのは、その後でした」

 アキラは黙って聞いていた。

「ケンジが死んで、私は壊れました。仕事も手につかない。食事も喉を通らない。眠れない。夢を見る。ケンジの夢を。目覚めるたびに、彼がいないことを思い知らされる。それが何ヶ月も、何年も続きました」

 ユキコは椅子に戻り、座った。

「そして、不老技術が実用化されました。私は迷わず治療を受けました。ケンジを失った悲しみから逃げるように。老いから逃げるように。死から逃げるように」

 彼女は手元の茶碗を見つめた。茶は既に冷めている。

「最初の数十年は、悲しみに沈んでいました。でも、人間の感情には限界があります。どんな深い悲しみも、時間が経てば薄れていく。100年経つ頃には、ケンジの顔を思い出すのも難しくなっていました」

「それで、新しい伴侶を?」

「ええ。二人目の夫はヒロシといいました。優しい人でした。研究者で、火星のテラフォーミングプロジェクトに携わっていて。私たちは150年一緒に暮らしました」

 ユキコは深く息を吸った。

「でも、ヒロシはケンジの代わりにはなりませんでした。それは彼の責任じゃない。誰であっても、ケンジの代わりにはなり得なかった。そして気づいたんです。私が求めているのは、ヒロシという個人じゃない。『有限だった頃の愛』だったんだと」

「有限だった頃の愛、ですか」

「そうです」

 ユキコは頷いた。

「ケンジと私には、80年しかありませんでした。いえ、一緒に過ごせたのは35年だけ。だからこそ、一日一日が貴重だった。朝起きて彼の顔を見るたびに、『今日も一緒にいられる』と思った。些細な喧嘩も、すぐに仲直りしたくなった。時間が限られているとわかっていたから」

 彼女は窓の外を見た。

「でもヒロシとは違いました。永遠に一緒にいられると思うと、すべてが当たり前になる。今日でなくてもいい、明日でもいい、来年でもいい、100年後でもいい。そうして、気づけば何も残らない。愛していたはずなのに、愛することを忘れてしまう」

 アキ
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